「仙吉、この狐を縛るんだからお前の帯をお貸し。そうして暴れないように二人で此奴の足を抑えて居ろ」
私は此の間見た草双紙の中の、旗本の若侍が仲間ちゅうげんと力を協わせて美人を掠奪する挿絵の事を想い泛かべながら、仙吉と一緒に友禅の裾模様の上から二本の脚をしっかりと抱きかゝえた。
其の間に信一は辛うじて光子を後手に縛り上げ、漸く縁側の欄干に括り着ける。
「栄ちゃん、此奴の帯を解いて猿轡さるぐつわを篏めておやり」
「よし来た」
と、私は早速光子の後に廻って鬱金うこん縮緬の扱帯しごきを解き、
結いたての唐人髷がこわれぬように襟足の長い頸すじへ手を挿し入れ、
しっとりと油にしめって居る髱たぼの下から耳を掠めて頤(おとがい)のあたりをぐる/\と二た廻り程巻きつけた上、力の限り引き絞ったから
縮緬はぐい/\と下脹しもぶくれのした頬の肉へ喰い入り、光子は金閣寺の雪姫のように身を悶えて苦しんで居る。
(谷崎潤一郎『少年』(青空文庫より))
『釘牢』同様
その儚さ、美しさよ